今日も今日とて、人殺し。
出かけましょうか。
仮面を被って、殺戮の舞踏会へ。
荒い息を落ち着けようと、カカシは面の下で息を吐く。昏い森の中は辛うじて細い月の光で薄暗い程度に明るい。足元に転がったのは元は仲間だった忍だ。里を抜けたために、追手が掛かり、今、カカシの手によって始末された。
ひぃ、ふぅ、み…。
(…全員、やったな)
抜け忍の始末は後味が悪い。元は仲間だったから。後味は悪くとも、容赦はしない。一瞬の隙を付かれれば、ここに転がる死体は自分になる。
何で、里を抜けようなんて思ったのか、ネ…。
鬼気迫るやり取りの中で、抜け忍にそう訊ねてみたかったが、向こうも必死だ。質問は出来なかった。…カカシは忍刀に付いた血を払い、鞘に収め、ベストのポケットから、紙片を取り出し、式を作る。式は鳥の形になり、白い軌跡を残して、報告を待つ火影の元へと飛んで行く。間もなく、遺体を処理するための者がここにやって来るだろう。
「…帰ろ」
陰惨な舞踏会は夜も明けきらぬうちに終わった。…自分は帰る。あのひとが里で待っていてくれているから。
夜と言うには時を過ぎ、朝と言うには夜の支配が濃厚に残る静寂。
カカシはとある部屋の前に音もなく降り立った。窓はカーテンで覆われ、中を窺うことは出来ない。それでも、何かを期待して、その場に留まる。不意に部屋の中の気配が揺れ、カーテンが引かれ、施錠されたいた窓が開いた。
「…早かったですね」
「…思ってたより、早く片付きました。…起こして、ごめんネ?」
「別に、いいですよ。怪我はないですか?」
「怪我は、ないです」
「そうですか」
小さく、ほっと男が息を吐く。眠気を払って、布団脇の髪紐を取って、手早く、肩に落ちる髪を緩く纏める男の日課に組み込まれた何でもない仕草にカカシは見入る。何気ない男のそれがひどくカカシの気を惹いた。
「…腹、減ってます?」
「いえ。水を貰えますか」
途中で兵糧丸を口にしたので、空腹はないが酷く喉が乾いていることにカカシは気付く。パタンと冷蔵庫の扉が開閉する音が響き、戸棚から取り出したコップに水が注がれる。
「どうぞ」
と、差し出されたそれをカカシは受け取らない。それに、男は怪訝そうな顔する。
「…飲ませて」
目の前の男に甘えた声音で口移しで水を飲ませて欲しいと強請る。それに、男は小さく息を吐いた。
「それ、外してくれなきゃ、飲ませられないですよ?」
「じゃあ、外して」
コップを机に置いた男の指先が、面を止める赤い紐へと伸びる。結び目をゆっくりと解かれ、外された面。カカシは目を開いて、広くなった視界で男…、イルカを見やる。イルカはカカシの前髪を払い、コップの水を含むとカカシの唇に触れる。口腔の水を口移しにカカシに与える。カカシの喉が僅かな水を口にして上下するのを確認して、イルカは再び、コップの水を含み、カカシに飲ませる。コップの水が空になり、濡れたカカシの唇をイルカは拭うと、改めて、口づける。カカシの腕がゆっくりとイルカの体に巻き付くのにイルカは体を預け、カカシの髪を梳いた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
自分には帰る場所、待つひとがいる。そんな幸せを噛み締めるようにカカシは温かいイルカの体を抱き締め、目を閉じた。
[23回]