「情けを俺にも、頂けませんか?」
そう言ったカカシは無表情で、そのクセ、声だけが震えている。…イルカとカカシ以外いない深夜の受付。微かな血の匂いと消毒液の香りをさせたカカシとイルカは机を挟んで向かい合っていた。
「…ナルトのようにとは望みません。片隅でいいんです。アナタの中に俺がいる場所を作ってくれませんか」
淡々としているのに、慄える言葉。イルカは不意に泣きたいような、つんと眼の奥が熱くなるような錯覚に襲われ、ぎゅっと拳を握る。
…そんなもの、とっくの昔に。
カカシの中にある孤独を知ってしまったときから、その孤独に寄り添えることが出来たらと望んできた。でもそれは傲慢な想いにイルカには思えた。カカシの孤独はカカシのもので、他人がおいそれと触れていいものではない。その孤独は自分の抱えるそれとよく似ていたから、尚更、触れたいと思いながら、触れることなど出来なかった。
「…片隅でいいんですか?」
ひとときの孤独を分け合った小さな子どもはもう既に孤独ではなくなり、イルカの腕の中から飛び立っていった。もう、二度とこの腕に戻ることはない。寂しいけれど、それでいいとイルカは思う。そして、自分の中に再びぽっかりと空いてしまったその穴を埋めることが出来るのは、目の前の男しかいなかった。
「…片隅は、本当は嫌ですけど。…俺は後から来たから、仕方がないよ」
自嘲するように笑う右目。イルカは溜息を吐くと、行儀が悪いと思ったが、二人を隔てる机の上を飛び越え、カカシの前へと立った。
「もう、ナルトはいなくて、俺の中、今、空っぽなんです。…カカシさん、埋めてくれますか?」
手を差し出す。カカシを見て、笑う。上手く笑えているのか、イルカには自信がない。イルカを見つめ、カカシは右目を見開く。もどかしげに口元を覆う口布を引き下げ、差し出されたイルカの手を縋るように掴んだ。
「…いいの?」
「はい」
短い言葉のやり取り。掴まれた腕。きつく抱き締められて、息もできないほどの幸福感に泣きそうになって、イルカはカカシの肩に小さく爪を立てた。
[22回]