ひどいと言うか、ずるいと言うか…。何も、風呂入って、飯喰って、それから、久しぶりにセックスして、その余韻に浸ってる中、
「好きなひとが出来ました。俺と別れてください」
なんて、言い出さなくてもいいのに。先まで、俺を揺さぶりながら、「好き」だと馬鹿みたいに囁き続けたその口が何を言うのか…。
イルカは溜息一つで呆れと憤りを逃して、自分を見下ろし、他所に好きなひとが出来たと言いながら、汗に濡れて、頬に張り付いた黒髪を未練がましく梳くカカシの手を払った。それにカカシはひどく傷ついたような顔をした。
「…どいてください」
お互い見っともない、恥ずかしい場所を擦り合わせて、下半身は熱の失せた流れた残滓で生温い。肌に散ったカカシが付けた鬱血の跡を見やり、イルカは裸のまま、風呂場へと向かう。一刻も早く、この男の痕跡を自分から消したい。そして、この男の美しい顔を殴りつけてなければ気が済まない。イルカはシャワーのコックを捻る。冷たい水が頭の先に降ってくる。落ちる水滴が股を滴る白濁を薄め、流していく。
…一発、いや、二発、ボコボコに殴ってやる。
あの馬鹿、本当にムカつく。
ふつふつと腹の底から沸き上がってくる怒りが、浴びた水によって多少、冷やされ、まともにものを考えられるようなる。
馬鹿が。あの言葉で俺を気遣ってるつもりか。あんな言葉で、残していく俺の傷が浅く済む、すぐに立ち直れるとでも思ってるのか。巫山戯やがって…。
イルカはシャワーを止めた。体をおざなりに拭いて、水気の残る髪を手荒く拭いて、髪を括る。つっと首筋を流れた水滴を手のひらで拭い、寝室に戻れば、裸のまま、呆けたようにその場に留まるカカシが居た。
「…アンタ、もう少し、マシな嘘吐けないんですか?」
柱に凭れて、イルカは言葉でカカシを殴る。弾かれたようにカカシは顔を上げ、それからおずおずと視線を伏せた。
「…何が、嘘なんです?」
「アンタが、俺に先、言ったことが嘘だって言ってるんです」
「…嘘じゃないですよ。だって、本当だし。…アナタより、可愛くて、魅力的な人です」
もそもそと喋るカカシに覇気はない。イルカは目を眇めた。
「…ふーん?…じゃあ、そのひとのところに早く、行ったらいいじゃないですか。何で、俺の所に来るんです?…後、三時間後には里を出るでしょう。時間、もうないですよ」
夜明け前に、岩隠れと木の葉が長いこと小競り合いを繰り返し、人員を投入すれば投入するだけ、消耗していく激戦区になっている地域へ、打開、交代要員としてカカシを指揮官とした部隊が出発することになっている。任務期間は三年と長い。そして、いつ帰れるか解らない、死ぬこともあるかも知れない任務だった。
「…死ににいく訳じゃあるまいし、どうして、「待っていて欲しい」って、俺に言えないんです?他に好きなひとがいるなら、どうして、俺のところに来て、俺を抱いたんですか?…別れ話を切り出すんだったら、もうちょっと、場所とタイミングを考えたらどうです?アンタ、俺に未練タラタラじゃないですか」
あんなに切なそうに、俺のことを好きだって目で俺を抱いて、身動ぎすることも許さず、四六時中ずっとひっついていたくせに。アンタは自分が思ってるよりも感情駄々漏れだって、自覚したほうがいいですよ。今だって、泣きそうな、俺に縋り付きたくて仕方のない顔、してるくせに。…高が、三年、されど、三年。多分、長い。いつ帰れるのかも解らない者を待つのは辛いだろうから、自分から開放しようって? …まったく、俺も見くびられたもんだ。
「アンタがどうしてもって言うなら、別れてあげますよ。ただ、待つのは俺の自由ですから、俺はアンタを勝手に待ちます。…無事、帰って来て、アンタに行くところがなかったら、飯ぐらいなら食わせて上げますよ。…ってか、俺と別れたことを嫌ってほど、後悔させてやりますから」
自惚れる程度には愛されてると自信がある。だから、こんなひどいことを平気で口に出来る。そして、カカシに無条件に何をしようとも何を言おうとも愛されていることを知っているから、「別れて」と言われても、泣き縋ろうなどとは思わない。言われた言葉が「忘れて」だったならば、体に燻る熱ごと存在を抹消し、本当に忘れてやったのに。…イルカは溜息を吐いた。
「アンタが俺をどう思ってるかなんて、どうでもいいですけど、俺はね、生半可な気持ちでアンタを好きになったつもりはないですよ。一生を添い遂げるつもりで好きになりました。だから、アンタは俺がいないとこで死んじゃいけないんですよ。手足、もがれようが、俺のもとに生きて帰って来てもらわないと。そうなったときは、俺がアンタを養いますし、介護してやりますよ。それで、郊外に家買って、忍引退して、二人でよぼよぼの爺さんになって、その家の縁側で茶啜りながら、ナルトの子どもにこの俺の横で茶啜ってる、よぼよぼの爺さんになったアンタが写輪眼のカカシなんだって、昔話を聞かせてやるのが、俺の夢なんです。そして、アンタが往生したのを看取ったら、俺もぽっくり、アンタの後を追いかけて逝くつもりです。…カカシさん、高が、三年の月日で俺の気持ちが変わって、他に好きなひとを作るとでも思ってるんですか?それとも、自分の気持ちが変わることが怖いんですか?…俺はね、変わりませんよ。変わるもんか」
馬鹿な言葉が口を滑り落ちる。叶えばいいと願っている、夢、想い。覚悟がなければ、こんな面倒くさい男、顔と体だけは人並み以上だけれど、中身は子どもなヘタレを好きになったりするものか。
「アンタはね、俺を見くびりすぎですよ。…アンタに会ってなけりゃ、俺は可愛い嫁さんもらって、可愛い子どもに囲まれて、平凡ながらも幸せにやってたんです。アンタが俺じゃなきゃ駄目だって言うから、俺だってアンタじゃなきゃ嫌だったから、平凡捨てて、アンタを選んだんです。だから、帰ってくる、生きる努力をしてくださいよ。俺の許可無く勝手に死んだりしたら、あの世まで、アンタを殴りに行きますから。後、他の奴と寝たら、地の果てまで追いかけてアンタを殺しますから。…それが嫌なら、俺をひとりにさせないでください」
一生分の愛を語ってやった。もう二度と言ってやるもんか。これでも別れるとカカシが言うのなら、ぶん殴ってやるし、次をさっさと見つけて、幸せになって、逃がした魚は大きかったと、カカシを後悔させてやる。イルカはカカシを見やる。カカシは口元を抑え、耳まで真っ赤にして、イルカを見ていた。
「…何か言うことがあれば、訊いてあげますよ」
上から目線でふんぞり返って、素っ気なくそう言えば、カカシはイルカに向き直り、頭を下げた。
「…俺が悪かったです。別れたくないです。嘘言って、ゴメンナサイ…。だから、俺を待っててください」
くぐもった声がカカシから漏れる。それに、イルカは溜飲を下げた。
「待ちます。…今回だけは、許して上げます。次、言ったら本当に別れます」
ぱっと顔を上げたカカシは情けない顔なのだが、美形は得だ。顔を真赤に目尻に浮かんだ涙とだらしなく嬉しげに緩んだ口元すら可愛いと思うし、愛しい。
…惚れた、弱みだな。…ってか、アバタもエクボって、ヤツだ。
そのだらしない口元にイルかは口づけを落とし、別れまでの数時間を惜しむようにカカシを押し倒した。
[62回]
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