カカシさんの猫背気味な後ろ姿が好きだ。
だから、いつも、三歩程、距離を取って、イルカはカカシの後ろを歩く。それを不満気に振り返るカカシを見るのも好きだ。
「何で、いつも後ろを歩くの?隣を歩いて下さいヨ」
「あなたの背中を見るのが好きなんです。額当てが縦結びになんってるのが可愛くて」
斜めがけの額当ては大抵後ろでいつも縦結びになっている。器用なカカシの唯一見せる不器用な面をイルカは可愛いと思う。
「後ろは見えないんだもん。イルカ先生、朝、結んでよ」
「いいですよ。…今日は泊まるんですね」
「野暮用が入らなきゃネ。…ねぇ、イルカ先生、」
わしわしと夕暮れのオレンジ色に染まった銀色の髪を掻いて、足を止めたカカシがイルカを振り返る。イルカは追いついて、カカシの隣に並んだ。カカシは一歩、後に下がる。
「俺も好きですよ。アナタの後ろ姿を見るの」
足を止めて振り返ったイルカにカカシはにっこりと笑う。
「え?」
首を傾けたイルカにカカシは手を伸ばす。
「イルカ先生の結った髪が、犬の尻尾みたいに揺れるのが、可愛いくて」
こめかみから後頭部へと、カカシの指先が髪を撫でる。それにイルカは頬を朱に染める。こういう恥ずかしいことをカカシは臆面もなく仕掛けてくるから対処に困る。
「…カオ、真っ赤ですヨ?」
イルカの赤い頬をその指先でまた撫でたカカシに、イルカはキッと眦をつり上げた。
「夕日の所為です!」
怒鳴るようにそう言って、イルカは逃げるように背を向ける。触れられる度にドキドキする。逃げたくなるようなこの気持ちを何と呼べばいいのだろう。
「何で、急ぐんです?待ってくださいヨ」
走り出したい気持ちを抑え、早足でアパートまでの道のりをイルカは急ぐ。その後ろを付かず離れずカカシは追いかける。「待って」と言いながらも、慌てる風もない。追いついて伸びる指先がイルカの手の甲や手首、腕、肩に悪戯に軽く触れてすぐに離れる。「いつでも、アナタを捕まえることが出来るよ」と、暗に匂わせるように。それが癪に触る。カカシの指先がイルカに触れようと伸びる刹那、イルカは足を止め、カカシの指先を掴む。それに驚いたように、唯一晒されたカカシの右目が大きく開いて、瞬いた。
「俺だって、あなたを捕まえられるんですからね!」
鬼ごっこにもならない、ただのじゃれあい。それでも、ムキになってしまうのは、カカシが思ってる以上に、自分がカカシのことが好きだからだ。…ただ、それを言ってしまうのはやっぱり癪だ。
「もう、とっくの昔に捕まって、俺は先生から逃げられませんけどね」
指を掴むイルカの手にカカシは嬉しそうに笑って、素早く口布を下ろし、ちゅっとイルカの鼻の頭に口付ける。それにイルカは驚いて、唇を震わせた。
「な、何、するんですか!!往来で!」
「キスですが。それに、誰もいませんヨー?」
「そう言う問題じゃありません!…あっ、コラ!逃げるな!」
口布を上げ、カカシはイルカから逃げる。イルカはそれをムキになって追いかける。子どもと変わらない無邪気な追いかけっこはイルカのアパートの前まで続き、カカシを捕まえたイルカは拳骨を落とす代わりに意趣返しとばかりに、口布を越しにカカシの唇に噛み付いた。
「センセ、俺、キスは直にがイイナ」
噛み付いてやったのにどうして、この男はこんなにも嬉しそうなのだろう。イルカは悔しいやら、恥ずかしいやらで舌打ちした。
「…うるさい。黙れ」
自分の仕出かした行動に今更ながら羞恥が湧いて、顔を真っ赤にしたイルカにカカシはニコニコしている。
「先生、カオ、真っ赤ですヨ?」
「夕日の所為です!」
こんな子どもっぽい行動をとってしまうのは、路傍を真っ赤に染める夕日の所為だ。弾んだ息を整えて、イルカは掴んだままのカカシの袖を僅かに引いた。
(…俺だって、あなたに捕まってますよ…)
そう言いたいけれど、恥ずかしくって、そんなこと絶対に言えない。精々、目の前の男を今度は逃さぬように捕まえておこうとイルカは袖を掴む。俯いた顔をそっとカカシの白い指が撫でて、触れたばかりの唇がイルカの唇に重なった。触れて離れるだけの口づけにほっとイルカは息を吐く。それにカカシが小さく笑って、イルカの唇を撫でた。
「走ったら、お腹空きましたね」
「そうですね。…夕飯にしましょう」
「手伝いますよ」
渡していた合鍵でドアを開く、カカシの後ろ姿をイルカは見やる。縦結びになった額当てが目に入る。それを愛しいと思うのと同時に、カカシの猫背気味な後ろ姿がやっぱり好きだとイルカは思った。