イルカの唇は荒れている。薄く剥けた皮が気になるのか、唇をしきりに舐めたり、噛んだりするのが、目のやり場に困るほどにエロい。ざらついた感触だろうあの唇に噛みついて、思い切り、唇を往復する舌に吸いつきたい。
頬杖をついた卓袱台の対面、持ち帰りの仕事を黙々とこなすイルカの顔をカカシは眺める。イルカの顔に女らしい要素はひとつもない。堅い線を描く顎、通った鼻筋、黒い眉、少し厚い唇、一文字に鼻の真上を走る傷。袖から覗く手首もがっちりとした日に焼けた武骨なものだ。そんな男らしい体に欲情する自分がオカシイのだろう。イルカを知る前の自分は垢抜けた線の細い、嫋やかな女ばかりを相手にしてきた。そして、イルカに比べると、自分の方が線は細いし、色も白いし、女顔だしなぁと頬杖付いた手を解いて、カカシは指先を眺める。鍛錬の賜物か、指先は堅く、爪も短い。日に焼けない質なのと手甲の所為か、女の手のように白いし、手首も細い。骨と皮、最低限の必要な筋肉だけでこの体は構成されている。
(…白魚のような…。身長は俺のほうがあるし、指は長いんだけど…、何かなぁ…)
ないものねだり、だな。…そう思って、カカシは苦笑し、イルカの筆を握る手を見やる。節榑立つ指先、利き手の指先は筆を握る機会が多いからか、墨が滲んで黒く染まっている。子どもと接する機会の多さもあってか常時、爪は傷つけないようにと深爪気味に切りそろえられている。
(…このひと、どんな顔して、女、抱くんだろうね)
ふと思ったカカシの妄想は膨らんで、果てなく広がってゆく。…長い髪、細い肩、胸はイルカ先生は胸は大きい方がお好みらしいから大きめで、色は白く、腰はきゅっと締まってて、脚は細く、顔は……。
(…いやいや、)
乱れ髪から覗く女の顔が自分の顔とかって、有り得ないから。…ってか、俺、このひとに抱かれたいとか、そう言う願望でもあるんだろうか…?…ま、イルカ先生がその気なら、一回くらいなら、そうなってもいいような…、いや、やっぱ、それは有り得ないデショ。…カカシはペシリと自分の頬を叩いた。
「…何ですか、先から」
カカシの不躾な視線と挙動不審な百面相に漸く顔を上げたイルカが訝しげにカカシを見やる。その視線に恥ずかしくなるのを押し殺して、カカシへらりと誤魔化すように笑った。
「…いえ、イルカ先生はどんな顔して、女のひとを抱くのかなって思って」
イルカの反応を見たくて、正直に思っていたことをカカシは口にする。それにイルカは真顔になって、カカシを見つめた。
「抱かれてみますか?」
「え?」
顔を赤くして、馬鹿なことを言うなと誤魔化されるのだろうと思っていたので、イルカの思わぬ言葉にカカシは狼狽える。燻るように残った妄想が形を成して、カカシの脳裏に霧のように広がってゆく。イルカの体に跨り、腰を振り、髪を乱し、喘ぐ女の顔が自分の顔になる。縋るような顔をして、口を開いて、譫言のようにイルカの名前を呼んでいる。その口を塞ぐように、指が撫でて、荒れた唇が…。
「……ッ!」
想像出来ると言うことは、そういう願望が少なからず自分の中にあるのだ。そして、間違いなく自分の顔は今、赤い。そして、恥ずかしながら緩く勃起している。
(…あー、ヤダヤダ。恥ずかしすぎる…。俺は思春期のガキか…)
思春期など、自分にはなかった。目の前の男を知ってから、逆行するように時々、自分は子どもに戻る。我儘を言い困らせ、そのクセ子どもではないのだと大人ぶって見せても、イルカには自分の強がりが見透かされてしまう。…顔を上げられず、カカシは卓袱台に伏せる。ちらりと視線だけをイルカに向ければ、イルカは小さく吹き出して笑った。
「冗談ですよ」
「…解ってますヨ…」
解っていても、矜持だとか見栄だとか甘えだとかそんなものが引っ絡まって、自分でも解らなくなる。イルカに甘えている。子どものように。自分の一部を預け、深く依存している。離れることなど出来ないくらい。もし、イルカが自分から離れていこうとするなら、躊躇うことなくこの手に掛けるだろう。そうなったら、自分も後を追う。イルカのいない世界に未練はない。
(…自分で言うのもなんだけど、厄介な男に好かれたよね、イルカ先生)
ことりと筆を置いたイルカが武骨な指先を伸ばし、カカシの髪に触れる。ゆっくりと頭を撫でる指先と慈しむように自分を見つめる黒い瞳がある。カカシは目を細める。
「…イルカセンセ、きっとこんな顔で女のひと抱くんだね」
何もかも、ありのままを受け入れ、寄り添うように慈しみ、やさしく包み込むように愛するのだろう。そんな風に自分には出来ない。
「何、馬鹿なこと言ってるんですか。女、抱けなくしたのはアンタでしょうに」
「そーでシタ」
カカシの戯言に苦笑を返して、イルカが唇を近づける。…このひとを抱くのは自分だけれど、抱かれてもいるのだろう。…カカシは思う。
「眠いんですか?…布団、敷いてありますよ」
「…うん」
その、眠気を誘う声と空気が微かに揺れ、ざらついた感触が唇に落ちる。それに、カカシは子どものような返事を返して、目を閉じた。
[20回]
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